埼玉エキセントリック

埼玉人ですが小説が好きです。埼玉人ですが小説を書きます。

3、一寸先は闇(其の弐)

      2023/02/19

「シャドウ、朝食を済ませてからだ。」そう告げると、僕の言葉を理解したのか、シャドウはすぐにリビングへ戻った(猫が人間の言葉を理解できるとは、僕には到底思えないのだが)。僕もリビングへ向かい、まるでテスト当日に遅刻しそうな受験生のように、急いで朝食を済ませた。随分と味のしない朝食のように思えた。シャドウも、腹ペコの猟犬のような食べかただった。おそらく彼も、桃太郎に連れられた動物たちさながらに、僕の冒険にお供するつもりなのだろう。食事の味はともかく、ひとまず腹を満たし、それから、熱いシャワーを浴びて、そのまま髭を剃り、着替えを済ませた。彼女が僕によく似合うと言った、ラルフローレンのブルーのシャツだ。それから、闇と対峙するのに必要な準備をした。軽い登山用のバックパックに、懐中電灯と、自分の居場所を把握するための鈴なんかを一通り揃えた。それから、玄関へ行って、今までは部屋ばきのスリッパだったものを、履き慣れたスタン・スミスへ替えた。ここまでの装備があれば、おそらくこれから僕を待ち受ける闇と対峙しうるだろう。
さて、僕とシャドウは二人でまたベッドルームのドアの前にいた。このままドアノブを回すことに躊躇していると、おそらく僕はこのまましばらく、ここへ立ち向かう勇気を失うだろう。その予感から、僕はドアノブを握った途端、すぐにそのノブを回した。それはやけに冷たく、まるでおとぎ話の氷の女王に凍らされたかのように、現実的にありえないほど冷たく感じた。
僕の目の前に広がっていたのは、今朝ほど彼女がいた余韻に浸っていた、甘美なベッドルームではなかった。まるでそのまま空気ごと飲み込まれてしまったかのような、暗く、深い、闇だった。

 - 猫の影