埼玉エキセントリック

埼玉人ですが小説が好きです。埼玉人ですが小説を書きます。

机上の空論でもよいのではないか(其の四)

      2020/05/24

 いろいろと思考を巡らせてながら、しばらく歩いていると、不思議な感覚に陥った。左脚にシャドウのあたたかさを感じながら、この奇妙な真っ暗闇を歩くことに、少々慣れてきたのだ。そして、こんな時間も悪くない、僕はちょうど彼女のことをこれからきちんと(いままできちんとしていなかったかのようで、とても心外な言い方なのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない)考えなくてはならないと思っていたのだ。僕の思考回路はいつになくプラスに向いていた。

 僕は、本当のところ、彼女を心底愛せているのだろうか。彼女の救いになっているのだろうか。

 彼女は、あまり自分のことを多く話す人間ではなかった。僕が知り得る彼女は、大学講師として研究を続ける、華奢な体の、あまりおしゃべりでない女性、ということだ。そして…。そして?僕はこのあと、彼女について、何を知っているというのだろうか。彼女の生い立ちは?どんな思考をする?何色が好き?あぁ、そうだ、シャドウとはもう5年ほど一緒にいると聞いた。あとは、あとは…。

僕はいま、自分が大きな勘違いをしていたことに気が付いた。僕は一緒に暮らしている女性のことを、きっと何も知らない。そして、そのまま彼女を愛していると思っていたのだ。僕は、彼女の何なんだろう。彼女の救いとなる存在に、なれているのだろうか。彼女が僕に求めているものは何だろう。僕が愛している(と思っている)女性にとって、僕は愛される価値のある人間なんだろうか。この闇は、きっと彼女の闇なのだ。僕はそこを歩きながら、彼女の闇を照らす一筋の光にならなくてはいけない。

ずっと昔に、ボタンを掛け違えたのは、僕だったのだ。

 - 猫の影