埼玉エキセントリック

埼玉人ですが小説が好きです。埼玉人ですが小説を書きます。

4、外はこんなに冷えているというのに(其の弐)

   

 古いドアベルがガランとなって、木製のドアを開くと、些か早い時間だったためか、店内に客はおらず、心地よいジャズがかかっていた。タバコの煙が土壁に染み付いた古いバー独特の香りと、いかにも頑固そうな店主らしきおじさんが(私もおばさんとよばれるに相応しい年齢になったため、人のことをおじさんと呼称するのは気がひけるが、おじさんという表現がいかにもぴったりなおじさんだったのだ)、バーカウンターの中にいた。
 背後でまたガランと音が鳴り、ドアが閉まるとき、寒い外気が私の脚に追い風となって吹き付けた。どこの席に落ち着こうか、カウンターが良いのか、数少ないテーブル席が良いのか考えあぐねていると、「どうぞ」と声が聞こえた。店主が、カウンターのど真ん中の席を手のひらで勧めている。店主と二人、きっと三面記事の話などしながら酒を飲むしかないその居場所の無いような心地になるであろう席を勧めるとは、この店主はかなり会話術にも自信があるのだろう。一見の客にそんな席を勧めるほどなので、信用して私はそこに座ることにした。
 私が席に腰を下ろすと同時に、店主は何かを低い声でつぶやいた。「え?」と聞き返すと、「お待ちしてました」と言うのである。青天の霹靂であった。店主は誰かよく来る客と私を間違えているのだろうか。それとも、予約客と思っているのだろうか。思考がうまく働かない。すると店主はそれに続けて「何になさいますか?」と聞いてきた。
 私は先ほどの店主の言ったことはきっとなにかの間違いだったのだ、と自分に言い聞かせることにした。初めて入ったこの雰囲気の良いバーを、楽しまなくては。それには少し濃いめのアルコールが必要だ。席に腰を下ろしてから、しばらくして私は言った。

「それなら…ジントニックを頂くわ。」

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