埼玉エキセントリック

埼玉人ですが小説が好きです。埼玉人ですが小説を書きます。

1、虚無的扉の向こう側で(其ノ伍)

      2020/05/10

 シャドウにも朝食をやらなくてはならない。
 僕は、キッチンに立ち、シャドウの朝食を準備する。彼女がいつも補充しているドライフードが、キッチンの片隅のケースに入れてある。1カップが彼の朝晩の食事だ。シャドウ専用の、これもまた、僕が彼女と出会ったときに本を読んでいたカウンターテーブル同様、無駄なほどに洗練された陶器の皿にフードを入れ、テーブルの片隅に持って行く。僕が席に着くと同時に、足下からはシャドウが食事をするカリカリという子気味良い音が聞こえてきた。椅子に腰掛け、手に持ったままのマグカップから湯気の立つコーヒーをニ、三口、喉へ流し込み、さて、いよいよサンドイッチを口に入れようとしたその時だった。

 ベッドルームから、「カタン」と冷たい音が聞こえた。

 ここはあまり周囲の音の聞こえない部屋のはずだし(ピアニストである僕が、日常的にピアノを弾くために、防音仕様の部屋に住んでいる)、今日は彼女も家にいない。僕とシャドウはリビングにいる。いまの物音はなんだろう。ただの物音にしては、あまりに冷たい。そう、温度のある音だった。温度のある音…?僕の足下にいたシャドウも、その冷たい音に気づいたようだ。彼は何のためらいもなく、ベッドルームへ向かった。さて、僕は、どうしよう。明らかに何かが起きている。遠くで、雷鳴が聞こえた。

 この東京の片隅で起こった何事かが、きっとゼウスの逆鱗に、触れたのだろう。

 - 猫の影