2、ピンヒールと網タイツについての考察(其の壱)
2017/08/24
いつも、アラームが鳴る前の鳥のさえずりを疎ましく思う。心に余裕のある人ならば、この声を美しいと感じるのかもしれないけれど、あいにく私にそのような余裕はない。そもそも、私は鳥のさえずりを日常的に美しいとは感じない。それはあまりに物理的すぎて、文学とクラシック音楽を心から愛してやまない私にとって、ただの動物の声にすぎないからだ。
それに比べて、彼の奏でるピアノの音はとても心地良い。目覚める前にその音がしていることもあるし、私が催促してもなお、弾く気分になれない時もあるようだが。彼の大きな掌と、女性的な長い指から奏でられるその音のタッチは、おそらく同じ曲を数人に弾かせたとて、彼の音を聞き分けられるだろうと思う。ドビュッシーの「月の光」が、彼の指にはよく似合う。そう思う。
今朝は、いつもより早くアラームをかけていたおかげで、疎ましい鳥のさえずりを感じずに、目を覚ますことができた。
私のいまいるこのベッドルームが、今朝は薄暗く、やけに寒い。早くリビングへ行って、暖房をつけよう。そう思ってベッドから抜け出ようとした瞬間、ふいに彼の手が私の手を掴んだ。予想されていない行為に、ハッとして彼の方をみると、夢か現か、彼が小さな声で「もう少しいてくれないか」と囁いた。